2日間で152社の原盤製作社に就職面接希望のハガキをかいてだしたあと、もちろん、自分では10社、いや、20社ぐらいは最低、履歴書を送ってくださいなどの言葉がくるとおもってまっていた
簡単に原盤製作社とはどんな会社か説明すると
原盤製作社とは音楽制作つまり「レコーディング費用を出資する会社」曲をつくるときの「スタジオ代その他を払う会社」のことで「その録音した曲の音の権利を持つ」わけです
大きくわけて、3つがその大半である
まずその①、放送局系、TBSなら日音、フジテレビにはフジパシフィック音楽出版等、音楽出版社が子会社としてある。番組の主題歌その他の権利、楽曲管理をするためにあるわけです
その②「レコード会社」当然だがレコード会社も音楽出版社を子会社として持っている
当然です。もともとはレコーディング代は全部レコード会社が出していた。その後権利をシェアするために各社がお金を出し始めた、、1971年のクレイジーキャツの渡辺音楽出版が原盤製作社第一号といわれている。
その③「プロダクション系、事務所系」プロダクションも社内に子会社、系列会社として音楽出版社を全部ではないが、音楽系はほとんど持っている。上記の渡辺プロダクションの子会社の渡辺音楽出版は最先端で、録音するときはレコード会社でなく、渡辺音楽出版のプロデューサーがディレクターズチェアに座り、録音していたほどで、音楽の権利ものでは一番優れた歴史をもつプロダクション系音楽出版社である。洋楽では「クイーン」の日本での楽曲使用権などももっている。
その他はゲーム音楽制作会社などもあるがそんなにメジャーではない。
私Nがおくった152社は、この全部におくったのだが、当時の私は、子会社とか、何系とか、、理解していないまま、
とりあえず原盤製作社なら、あの大手レコード会社の重役が言ったんだから、とりあえずいいだろう、、、
最悪24歳だからバイトでもいいや、、、ぐらいの感覚で潜り込めればいいとおもっていた
152社ならどさっと返事も来る!なにかしらのきっかけをつかめる!そう期待するのは当然だった、、、
10日ぐらいたつとハガキがチラホラポストにはいっていたが、
「当面の間、弊社は新卒採用その他の採用を見合わせることとなっております」
という返事のハガキが7.8枚ほど帰ってきた。見れば見るほどその言葉だった、、、
そして、返事のハガキをくれたならまだしも、、ほとんどの会社は、私Nのハガキを無視したのだった
1993年にバブルははじけどの会社も1990年と1991年に人を取りすぎ、しばらくは人をとらない未曾有の「就職氷河期」がはじまっていた
第二次ベビーブームの昭和46年、47年、48年生まれは、就職難民と化していた
高校のときは1学年14クラス、一つ下は19クラスもあった。多すぎる子供。
期待とは裏腹に、「まず、新たに人はいらない」というのがほとんどの会社の現状だった
「やっぱり、、、無理か、、、」とかなり落胆して、自分の人生が暗礁に乗り上げたことを悟った
私N「来年までやってても、世の中はかわらないから、、、意味ないな、、、」
自分が将来なにをやっていきるのだろうか、、、、?叩いても開かないドアなら叩く意味すらないのでは?とまで思い出していた、、、、
もう、ほとんど、ポストをみても返事のハガキすら来なくなったころ、ポストに見慣れない緑色の封筒があるのが目に入った




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