履歴書と小論文をおくり1か月後、、(かなり待った)また、緑色の封筒がポストに入ってきた。緑色の封筒なんてどこも使っていないので、すぐに「小論文の結果通知」だ!と思い、外にポストがあり、横に自動販売機があったので、アパートに入るまで待てず、自動販売機の灯りで開けて読んだ!
「2次 筆記試験と1次面接の案内」と書かれていた!レコード会社重役の口利きがあったとはいえ、、不安はかき消せなかったので、、、なにしろ「書類審査は通過した」ホッとした
ただ「やっぱり、また、、筆記試験やんのか、、、、、、」と落ち込んだ
3つだけ受けれたレコード会社も,、そのうち2社は2次の書類審査は受かっても「筆記試験」で落ちていた。
「エンタメの採用に筆記試験はいらないだろ、、、しかもプロダクションでやるのかよ。。。」
さすがにやな予感がした
ただ、よく見ると、午前中に筆記試験、午後に1次面接を1日でやると書いてあったので、筆記試験で落ちるということにはならず、面接もしてもらえる、「直接自己アピールできる」というのはとても励みにはなった。
約1か月後、場所は「日本青年館」(外苑前)だった。
「今から、勉強してもたかがしれてる、面接に全力投球するしかない」そう思いまた作戦をかんがえだした
まずは会社研究、、、主力商品の有名アイドルの方のCDを買い、、その魅力などをしっかりしゃべれるようにならなければならない
「アイドルかぁ、、、」私Nはロックのバンドマン、アイドルにはまったく興味はない、
興味がないものをあると言わなければいけない、、、なんとかして自分の勝利のアピールと結び付けなければならない
今ならネットで検索して多くの情報を入手できるが「パソコンも1人1台の携帯もまだない時代」過去の情報収集は人から教えてもらうしかない
アイドルAさんのファンの知り合いも思い当たらない、、、、、困り果てた
そのころの私Nは、プレイヤー以外にも、作詞や作曲など楽典も勉強していた、、好きな作曲家はというなら迷わず「筒美京平先生」と答えていた。私Nが小学校の頃「ザベストテン」という歌番組があり、、ここで歌われる曲のはじまりに、作詞、作曲家がクレジットされる、、そのなかで好きだった曲の多くに「作曲 筒美京平」とよくでていた。
歌謡界のナンバーワン作曲家であり、巨匠の歌をリアルタイムで毎週のようにきいていて、その文字がでるたびに「天才の人だ」と曲に期待したものだ、、ジュディオングさん、近藤真彦さんや小泉今日子さん、CCBからサザエさんのテーマにいたるまでヒットの幅広さが普通の作曲家とはけた違いであるからだ!
このアイドルAさんのシングルの歴代作曲家をしらべていくと、、、「あった、、」1曲筒美先生の作曲の曲があったのだ、、、私Nは「これだ!」とおもった、、、
この曲を聴き込んで世界一の曲だとほめちぎろう!と、面接で筒美京平さんを語る学生などはまずいない、、、
旧譜だったため、レコード店で何枚かの代表曲のシングルとあわせて注文しとりよせた、、
まず、筒美京平先生の曲から
アイドルAさんのなかでもものずごく重要な初期の曲で、、ルックスとピッタリのかわいらしい曲だった、、メモをとり気づいた点を曲ごとに書きまくった
そしてそれを整理して1分のやつ、2分バージョン、3分バージョンと、話も何パターンも用意した
嫌いだったテレビも時々つけては見るようにした。この3年間、てれびはバイト先でみる巨人戦しかみていない、、芸能プロをうけるのに「好きなテレビ番組は?、、理由は?」とか言われでもしたらかなわない
唯一2次面接まで進んだレコード会社の常務取締役が私Nにした質問が「あなたは、営業のセールスマンとして、そのCDという作品の一つ一つに対してどのようなアプローチをすることができますか?」という質問で答えにつまってしまった、、、のが今でもくやしかった思い出のひとつにある、、、わたしはここで落ちたのだ
だからいかなる角度のこたえもわからなくても「あらかじめ幅のひろい回答を用意しておくこと」が大切だと痛感した
「テレビときたら」、、、なになに
「営業ときたら」、、、、なになに
「CDときたら」、、、、なになに
と広い枠組みでも答えを用意すること
「好きなことの局地戦」では結論を言ってから、、解説を簡潔に
などA4のノートのページはすべて埋め尽くすほど面接の練習をした
1か月、どんな質問でもつまることなく、、、自分を簡潔に、、120パーセント出し切れるしゃべりを特訓した、、、トイレでも、風呂でも、寝る前も、、
「あの曲を聴いて、、、」
「御社のタレントのあの方のすごさは、、、」とかいつもだ、、、なにをきかれてもかるく5分は楽勝というところまで、、つくった、、、返せないということはない
勝負の最終決戦のつもりで挑むと決めていた、、、前日はほとんど寝れなかったのを覚えている、、、
徹夜のまま、、埼玉のアパートをでていざ日本青年館にむかった、、
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