実は2年前も私の育てた女性タレントにいろいろおくったのですが。。「私の知らないグッズとかあって(笑)いろいろありがとうございます。」とよろこばれました。20年で直接担当したのは10組ぐらいなのですが、、短い担当期間で一番もえたのが今回のバンドの担当時代だったとおもいます。
1998年1999年頃担当したバンドの歌い手と連絡をとりました。携帯が変わってたらもう無理だな、、、と
「わたしももう歳なので、、かつてのみんなの写真を渡したい」とショートメッセージをおくると2分後に返信が、、、
おお、、、うれしい「食事でもいきましょう!」と月日のブランクを感じない返事をいただきました
私が27歳、28歳,、、彼は一つ下でした
歌もうまかったけど、、タレント性がありトークがおもしろく、、解散後もソロでメジャーデビューしたり、ラジオパーソナリティなどやったり多彩な才能を開花させつづけました
いまでもあの時の1日1日は鮮明に覚えていて、わたしは1年間365日、1日もやすみなしで働いた時代です
「夢」(有名なバンドにする)が体をうごかして、、1日の睡眠時間2時間で3日間ぐらい動きました
38度の高熱を発しながらシボレーアストロにメンバーを乗せて、11月の寒い時期に岐阜の学園祭までいきました、、日帰りで、東京もどりは夜中の4時半、、家には朝6時帰宅、それで翌日も朝9時半には会社にでて会議で報告したり、、文字どうり寝ずの生活です よく倒れなかったとおもいます
またレコーディングではメンバーは演奏終わりで帰りますが、、インディーズではマネージャーの私がディレクターもやりますから当然朝までのこり、TD(トラックダウン)をして、、あさ7時半にそのまま会社に行き車をとって別の担当の家にそのまま迎えにいったりしました
ほんと今考えるとスーパーマンです
もう、できません(笑)ほんとに
やっぱり若い時は夢だけに集中できて本当にすばらしく,熱い時間、温度の高い心で仕事ができた時代でした
マネージャーに使命感をほんとにもっていた
あの写真はきっとよろこんでくれるとおもいます
