両親をみとるまでは生きててほしかった兄。がんという病気の殺傷能力の恐ろしさを知りました。
阿佐ヶ谷駅で病院の同行の帰り、闘病に入るため会社に休職を告げた後に
わたくしN「兄ちゃん会社やめたかったの?」ときくと
兄「ああ、、今の職場はな、、、でも、、、命と引き換えになるとはな、、、」といって笑った顔がわすれられません。
今から30年前、私が就職してマネージャーになったとき、兄は入れ替わりで2年前に新卒で入った会社を退社しました。
その時も兄は終始笑顔で、、、「今はプータローだから、、気楽だよ」といってたときのあの顔とおなじだったのです
兄は人づきあいが極力苦手でした。友達もいませんでした。
仕事というより、、兄にとっては、「人への気遣い」がストレスだったと思います
私との共通点は「飲む」ということだけでしたが
兄は「破滅的な飲み方」で「からみ酒」になることもありました
途中からあまりにひどいので兄とはたまにの実家でも兄の飲むときは私はのまなくなりました。
小学校のころから「ボクシング」と「プロレス」格闘技にしかきょうみがなく、子供のするあそびは一切参加せずひきこもっていました。体は大きく喧嘩は強かった
中学のとき始めた空手で、、校門まで来た他校の不良を簡単にぶっとばし、、学校にばれて、、空手をやめさせられなければ、、空手かボクシングの道に行っていたと思います
亡くなった部屋にはボクシンググローブがあり、棺にいれました
わたくしN「今度生まれたらプロテストは絶対受けなよ」と言いました
私は15歳からバンドの道でギターがあったからよかった。
兄は空手をやめてから、何をすればいいか迷ってしまったかもしれない
命と引き換えにやるのは「興味のない生活のための仕事」ではなく「格闘技の道」だった気がします
殆どの人は「生活のための仕事」をして「命と引き換えに」しかやめれないのか、、、、
大きなお金をつかめ中れば「命と引き換えににしか、、、」
お金の持つ力を改めて知った気がします
お金は「仕事をやめるためにも」必要なのだ
1、断る力、
2,選択する力
3,命を守る力
お金には多くの力が宿っているのだと、、、、教えてくれました
